滑り予防は緊急テーマ!!

2013年3月13日 (水)

免疫力低下現象・・・何かがおかしい??

           食アレルギー人口増に憂う初老の私・・・

 先日も乳製品アレルギーで女児が死亡したニュースが大きく報道されていたので皆さんご存知だと思います。少子高齢化が進む中、貴重な生命が失われる結果となりました。昭和26年生まれの私にとって未だにモヤモヤの消えない出来事となっています。

 佐賀県唐津市の貧しい片田舎で生まれ育ち、小学校の1・2年くらいまでは家の風呂敷に教科書を包んで腰に巻き付けて、夏から秋はゴム下駄なんぞ履いて学校に行ってましたよ。もちろんカバンも靴もありましたけどね。兄貴のお譲りが・・・。

 内藤少年の家族は両親と男ばかりの5人兄弟。女1人に男6人。良いように言えば7福神なんちゃって・・・母親がよく言ってましたな。両親も何かと忙しかったんでしょうか物心がついた頃は何故かしら家事手伝いの主席責任者となっておりました。4男坊の宿命と言ったところでしょうか。

 当時、三種の神祇(神器)と言われた電気釜(炊飯器)・冷蔵庫・テレビのうち電気釜だけは内藤家にもあった様な・・・気がします。

 何から何まで当たり前に揃っている現在。7~8歳の内藤少年の視点から見れば漫画家手塚治虫の〃鉄腕アトム〃で描かれた世界そのものなのです。地上より遥か高い所で車が走ったり、ロボットが人の夢を叶えてくれる。例えば食べたいメニューのボタンを押せば・・ハイ出来上がりと言った具合で・・・何や怖いくらい手塚ワールドに近づいているように思います。・・・昔はあーだったこーだったって言ったところで何の意味も無いような時代・・・。

 揃い過ぎて清潔過ぎてしまったんですナ。そしてそれが当たり前となり人間(己)が本来持ち合わせた〃五感〃ですらデータに左右されるようになってしまったんですナ。私の知人が某コンビニを経営してましてね。ある日賞味期限が切れそうな弁当を3つ持ってきてくれました。もちろん喜んで頂戴しましたが・・・彼の言葉に愕然としましたよ。

 『弁当をはじめ賞味期限切れの商品は即日廃棄処分とする』って事がルールであり、知人の店舗だけでも月平均1,500,000円程度は廃棄しているのだと言う。年間いくらになるのか全店舗で同じ事をやっているとしたら年間・・・ええエエーーーーーーー。まだこんなに美味しく食べられる弁当が捨てられる??・・・バチ当たりな全くとんでもない話です。

 賞味期限・消費期限・・・一体誰が決めるの?食の安全って何?・・・売る側の責任って言うのは当然理解しますが・・・賞味期限後でも安くしてくれたら喜んで私は買いますけどね。

 ハハハハ(o^-^o)・・・そうです私は小市民です。でもね鼻がきくんですよ。匂いで判断できるんですよ。納得して買ったら弁当の中で何かダメなものがあっても文句は言いませんよ。ダメなものだけ捨てれば良いんだから。・・・そう言えば以前息子の友達が来た時しゃぶしゃぶをやりましてね。その時偶然に消費期限が3年程前のタレを見つけました。だいぶ変色してましてね。もちろん新品も数本買ってありましたよ。

 古いタレのフタを開けてみると、まぁ何とも言えんいい香りがするんです。妻はもちろん息子と友達に『これ使う?』って聞いたら皆変な顔しましたね。オッサン気は確かかみたいな。・・そこで気の触れたオッサンは一人、古いタレを使いとっても美味しそうにしゃぶしゃぶをパクり始めたのであります。

 しばらくするとアチコチから古いタレに魔の手が伸びてきます。アレーあれーの言葉と共に永い間放置され役目を果たせなかった私の古いタレは僅かな時を経て満足しその生涯を終えたのでありました。

続く

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2010年6月23日 (水)

雪駄は滑る???

           お寺さんの施工現場で・・・

 つい先日の事。滑り止め修行中の前田さんから電話が入ってきましてた。当日は、お寺の石造り(磨きの御影石)の階段の施工日だったんです。施工は順調に進み、効果の確認作業まで終えて、施主であるお寺の住職に最後の確認をしていただく事にしました。

 『まだ滑るように感じますが・・・』・・・住職は雪駄を履いていらっしゃいましたが、修行中の彼は、雪駄だから滑るのではないかと薄々感じてはいても確信が無いのです。こういう場合には即刻、頼みの内藤ってな事になる訳で、私の携帯電話の呼び出し音が鳴ります。師匠は大変です。何なりと答えてやらないといけませんから。

 私は彼に、今回の磨きの御影石に対応する専用溶剤の配合を指示し、再度塗布するよう指示しました。その結果、住職も納得した安全レベルを提供する事が出来たようです。・・・もちろん我々の技術の特徴でもある光沢維持は確保出来ていますが、雪駄の滑りをキチンと止めるのは基本的には難しいのです。私は前田さんにその理由を話してやる事にしました。

 雪駄(せった)の語源、雪駄は誰が考案したのか?

一説として、考案者は千利休なんです。・・・利休がある茶会に行くのに草履を履いて雪道を歩くのに滑って不便(危ない)だからってんで、草履の裏に蛇などの皮を張ったというのが最初で、雪駄の語源もここからきているのです。

 ついでに、現在の雪駄がどのように作られているかと言うと、竹皮草履の裏面に皮を貼り、防水機能を与え湿気を通しにくくしてあり、皮底の踵部分にプロテクター(後金)を取り付け、痛み難く丈夫で長持ちするよう考えられています。・・・お坊さんがいつ頃から履きだして、定着したのかまでは分かりませんが、私的には草鞋(わらじ)のイメージが雪駄にあるように思います。

 さて、ここで本題に戻りますが、千利休の滑り対策の発想から生まれた雪駄が現在は、最も滑りやすい履物の一つとされているのは非常に残念な事だと言わざるを得ません。安全安心の為に発想されたものが、ある意味において、ファッション性と耐久性が重要視されてしまい、安全性の根幹が勘違いされている様に思います。・・・前田さんも最近、トークが上達したのか・・・『住職、これでこの階段は参拝される皆さんが安全に安心して歩けるようになりました。本当に良いことされましたね。きっと皆さん喜ばれると思いますよ。』

 この一言に住職も大変に喜ばれたようです。

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2010年5月12日 (水)

厨房で滑って得た発想!

    施工マニュアルは当てにならん??その2

 ヌルヌルベタベタした厨房を施工するのに、マニュアルを無視し、最も滑りやすい現場環境作ってしまう洗剤での事前洗浄を施工手順の最後にもっていこうと私に指示され、ア然としていた神田君でしたが、数分後には〃エー真面っすか。これなら施工時間の短縮にもなるし、一石二鳥ですね。〃と満面の笑顔を見せてくれました。

 あれから12年、この手法はセーフティグループにおいては定着していますが、マニュアル化している訳ではありません。環境が変われば当然手法も変わります。床の滑り止めだからと言っても、その対象は敷設された床だけではないのです。植物性油脂、鉱物性油脂、動物性油脂等の油脂汚れの付着状態によって考え方は変わるし、水道水、地下水、温泉等によって多様に変化し付着し続け、石化した汚れ等は、以前にも紹介しましたが除去する為に多大な時間とコストを要することとなります。つまりは、事前洗浄の必要性の判断って言うのは、施工者の経験を基にした〃目利き〃が重要なポイントとなるんですよ。

 では、現場においてはどうするのかって話になるんですが、実は、(その2)を書き出す前にストップをかけられてしまいました。・・・これから先の突っ込んだ話は、社団法人全住防のアカデミーにて講義してほしいと言うのです。公認資格者育成の為のアカデミーで、受講者には国から助成金が支給されています。私は防滑アカデミーの教授という立場でもありますので、社団の申し出には応じるしかありません。期待されていた方々には申し訳ないのですが、どうかご承知ください。

 防滑作業におけるマニュアルは、現場環境によりその手法を変更せざるを得ない場合が多いので、あくまで作業の目安として活用するのが良いと考えます。

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2010年3月 8日 (月)

レストラン床等のメンテナンス

       汚れは付けるな!拭き取れ!!

 最近のレストランやショッピングセンターの床には、セラミックタイルが普通に使われるようになって来ました。綺麗・清潔はもちろん、メンテナンスが簡便で、タイルの反射利用で光熱費の削減にも貢献する等がその多様化の要因と言えます。

 鏡面仕上げでピカピカの床であっても汚れは付着します。敷設されているセラミックタイルの大半は白系統かベージュ系統の色で、汚れは目立ちにくいものです。・・・が、一旦水分が乗ると、汚れは付着した量に応じて黒っぽく出現します。・・・雨天の日には、特に汚れが付いて大変だぁ・・・なんて話をよく耳にしますが、それは間違いで汚れはいつも付いているのです。

 日常清掃でのモップ拭き(濡らして使用)は、雨天の日と条件が近くなります。ホコリの付着した床に濡れたモップを落とすと白っぽいホコリは一転し黒色に変化します。いくらモップをかたく絞っても、雑巾を手で絞りあげるのとは水の残留量が違うからです。しかも雑巾掛けは、雑巾が汚れる度にバケツの水で洗い、バケツの水も汚れたら、その度に新しい水に替えたりするものです。モップ掛けも、雑巾掛けと同じようにやれば有効なんでしょうが・・・まぁ無理でしょうなぁ

 どす黒くなった水でモップを洗ってもねぇ・・・中には一回だけ絞ったモップで、最後まで拭き上げてしまう名人もいらっしゃいますが、それでは決して汚れは取れませんし、床が乾くと拭いた後がモップ痕として現れます。・・・ただ汚れを引き伸ばして付けているに過ぎません。何故人ってぇのは教えられた事(言われた事)しか、しないのでしょうかね?・・・セラミックタイルに雲状の汚れが付いて取れないとか、無数の黒点状の汚れが付いてしまった・・・なんて言う話の根幹はここにあります。

 良いのがありますよ。マイクロファイバーのモップってぇのはいかがでしょうか?脱着が簡単で、汚れもよく取れます。洗っても雑巾と同じ様に絞れるし、絞ったマイクロファイバーは更に汚れを落とし易くしてくれます。常に数枚準備すれば清掃作業も早くなりますよ。一般的には乾式と言われる手法の一つですが、これならしっかり拭き取れると思います。モップより軽く使い易く、能力も上です。・・・慣習文化は常に変化してきました。雑巾掛けがモップ掛けに代わり、そして気が付けば、いつの間にかモップ掛けからマイクロファイバー掛け?に代わっていて、そしてそれが当たり前の時代となっているんでしょうか・・・。

 私が子供の頃、母親に教わった(やらされた)掃除のやりかたっていうのを紹介します。まず、ホウキで掃き、次に舞い上がったホコリを取るために、よく絞った雑巾で畳とタンスや鏡台等を拭く。次に畳をカラ拭きする。最後にホウキで放り出したゴミを掃いて集めゴミ箱へ投入し終了。・・・今、こんな掃除やってる家ってないやろナ。掃除機でシュッシュー。キンチョウサッサ静電気機能で小ボコリをホイホイと取って、はい終了。便利な時代になりましたなぁ

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2010年2月19日 (金)

銭湯・・・大好きです

        大衆浴場の思い出  その2

 結婚し、仕事も忙しくなっ来た頃には、すっかり銭湯の事は昔の思い出となっていました。・・・1980年代に入ってくると、レジャー産業の一環として、健康ランドがブーム的に広がりを見せ始めたように記憶しています。今流のスーパー銭湯の先駆けです。従来の銭湯に比べ、浴場面積と浴槽が随分と大きくなりました。中には浴槽を幾つも増設し、ジャクジーなるものが登場してきたのもこの頃からですね。イタリアからアメリカに移民したジャク-ジ兄弟が1968年に開発したもので、わが国で訛ってジャクジーと呼ばれるようになったんです。・・・私の銭湯大好き復活もこの頃からです。ジャクジーに次いで打たせ湯なんて言うのが登場し、どうしてもこれを経験したかったんです。・・・昔は銭湯に自ら遊ぶ場をつくって楽しんでいました。今は銭湯そのものが、楽しめる場所を作ってくれています。

 サウナを初めて経験したのもこの頃です。頭がのぼせ上がってフラフラ。友人にサウナの後は水風呂に入るのがサウナの入り方だと教わり、恐る恐るつま先からそ~と入ってみましたが、脳みその先までジジーンときて、死ぬかもしれんと思い、直ぐ飛び出す始末。以降サウナの後は温めのシャワーにして、命を保っています。

 1990年代に入るとスーパー銭湯の登場となります。しかも天然温泉を売りにしています。街中で温泉に入れる?なんとも有難い時代になったものです。まぁ少々入浴料金が高くっても、何チュー事はありません。わざわざ温泉場に出かける事を考えれば、コストははるかに安いし、十分に楽しめます。

 さて、こうなると私の支持する従来型の銭湯も黙っちゃいません。温泉を入れるは、サウナは増設するは、ジャグジーは作るはで・・・・生き残りを賭け、小型のスーパー銭湯化を目指しています。頑張れ!町に根付いた昔っからのお風呂屋さん。

 ちなみに弊社の滑り止め施工の第1号は、町のお風呂屋さんです。以降、試行錯誤を重ねながら多くの現場に携わってきました。今も相変わらずにお付き合いさせて頂いております町のお風呂屋さんにエールを送り、今回の締めとします。

     フレー・フレー町のお風呂屋さん!!

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2010年2月16日 (火)

銭湯・・・大好きです

        大衆浴場の思い出 その1

 私は銭湯が大好きです。月に1~2回は銭湯に足を運びます。少年時代(10歳くらいまで)は銭湯に行くのが日課でした。家に風呂が無かったんですよ。あの時代は、それが普通の生活慣習だったんです。円形の浴槽を弟と一緒に、一方方向にグルグル回ると大きな渦が出来ます。その渦に二人で浮かんでよく遊んだものです。同級生ともよく顔を合わせました。オッチャン達の世間話に耳を傾けたり、顔馴染みのオッチャン達に声かけられ話をしたり、今流に言うと老若関係なしのコミュニケーション場であったのです。裸の付き合いってやつですよ。親子連れって言うのも普通で、親子の最高のコミュニケーションの場でもあったんですね。・・・特に湯上りの後に飲んだヨーグルトとラムネは旨かったなぁ。

 家に石炭炊きの木樽の風呂が出来てからは、銭湯との縁も薄れていきました。たまに石炭がきれてたりした時に、銭湯に行くんですが、懐かしい顔が『オッ久しぶりやなぁ』なんて声かけてきます。なんかしら、嬉しかったですね。私が釣りキチになった原点もここにあります。どこで何を釣ったとか、いま魚市場岸でアジがよく釣れているとか、夢多き情報が飛び交うのです。俺も釣ってみたいって思ったんですね。・・・それから40年、まだシッカリとハマッテています。

 最近、スーパー銭湯にも時折は行ってますが、私的には俗に大衆浴場と呼ばれる銭湯が好きです。今は余り見かけませんが、浴場の壁には何処へ行っても、モザイクタイルで富士山が描かれていましたね。・・・家の風呂で大人になった親子が一緒に入れますか?ウチの親父が生きていたら、銭湯に連れて行って背中を流してやりたいと思う事もあります。昔、幾度かやらされましたが、そのたび親父の顔には、いつも満面の笑みがありました。

 不景気で世知が無い時代です。せめて大きな浴槽でゆっくりと湯につかり、爽快な気分で一日を終えたい・・・なんチャッテネ。

     ・・・・大衆浴場大好き実行委員会・・・ 

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